産地 / Terroir
ダージリンはインド北東部、西ベンガル州に位置する。北にシッキム、西にネパール、東にブータンと接し、標高600〜2,000mのヒマラヤ東部丘陵地帯に87の認定茶園が点在する。
ベンガル湾からの湿った空気がヒマラヤ山脈に当たり、年間降水量1,700〜2,500mmをもたらす。昼夜の寒暖差が大きく、霧が頻繁に発生する環境は、Camellia sinensis var. sinensis(中国種)の生育に理想的だ。
急峻な斜面は水はけが良く、わずかに酸性の壌土が深い根系を支える。この「テロワール」の複合的な条件が、他の産地では再現できない独特の香味を生み出す。

Darjeeling District
West Bengal, India
歴史 / History
英国東インド会社の植民地政策から始まり、独立・有機農業革命・GI保護まで。ダージリン紅茶の歴史は、インドの近代史そのものだ。
英国東インド会社がダージリン地区を領地とする
アーチボルド・キャンベル博士が最初の茶の種を植える(中国種 Camellia sinensis var. sinensis)
キャンベルがレボン(Lebong)に中国種・アッサム種の両方を植栽
タクバル・スタインタール・アルバリに最初の3つの実験茶園を設立。ロバート・フォーチュンが視察
最初の商業茶園が設立される。1866年までに39の茶園が開設
マカイバリ茶園に最初の加工工場が設立される
人口95,000人・100の茶園へ成長。ダージリン・ヒマラヤ鉄道が輸送を革命化
インド独立。英国人が茶園をインド人に売却開始
茶業法(Tea Act)制定。インド紅茶局(Tea Board of India)が監督機関に
ダージリン・プランターズ協会設立。ダージリンロゴ(二葉一芽の女性像)が創設される
マカイバリがインド初の有機認証を取得
マカイバリが世界初のバイオダイナミック認証を取得
ダージリン紅茶がインド初のGI(地理的表示)保護を取得(WTO TRIPS協定に基づく)
EU(欧州連合)でPGI(地理的表示保護)取得
年間生産量701万kg(インド全体の約0.5%)
茶期 / Flush
同じ茶園・同じ茶樹でも、摘む季節によって香りも色も味も劇的に変わる。これがダージリンの最大の魅力だ。
Second Flush — 5月〜6月
ダージリン最高峰の茶期。ヨコバイ(Empoasca)による食害が引き金となり、植物の防御反応として生まれる「マスカテルフレーバー」が最大の特徴。
「紅茶のシャンパン」の名にふさわしい最高品質。世界中のコレクターが争奪する。
水色(liquor color)
4つのフラッシュ比較

茶園 / Tea Estates
Tea Board of Indiaが認定する87の茶園は、それぞれ異なる標高・土壌・微気候を持ち、独自の風味を生み出す。代表的な6つの茶園を紹介する。
Makaibari
1,500m
670ha(茶園120ha)
1859年(工場設立)
繊細なフローラル、ライトボディ
世界初のバイオダイナミック認証茶園(1993年)。インド初の有機認証(1988年)。ダージリン最古の工場を持つ。
Castleton
1,500〜2,000m
約400ha
19世紀後半
濃厚なマスカテル、フルボディ
世界最高値のダージリンを生産することで知られる。クルセオン北部に位置し、最高品質のセカンドフラッシュを産出。日本でも最も人気の高い茶園。
Jungpana
980〜2,300m
約250ha
19世紀後半
最高級マスカテル、複雑な香り
ダージリン随一のマスカテルフレーバーで知られる。急峻な斜面に広がる茶園で、現在は完全有機農法。専門家から最も尊敬される茶園の一つ。
Margaret's Hope
1,000〜1,800m
約450ha(最大級)
19世紀後半
バランスの良いマスカテル、ミディアムボディ
ダージリン最大規模の茶園の一つ。名前の由来は、英国人農園主の娘マーガレットが茶園への帰還を「希望」しながら船上で亡くなったという伝説から。
Gopaldhara
1,800〜2,200m(最高標高級)
約300ha
19世紀後半
エレガントなフローラル、ハイアルティテュード特有の複雑さ
ダージリン最高標高の茶園の一つ。高地ならではの繊細で複雑な香りが特徴。近年、オーガニック認証を取得し品質向上が著しい。
Arya
1,200〜1,800m
約200ha
19世紀後半
フローラル・デリケート、ホワイトティーも有名
バイオダイナミック農法の先駆者。月の周期に合わせた農作業で知られ、独特のテロワールを持つ。ホワイトティーも生産。

Empoasca spp. / Homona coffearia
マスカテルフレーバーの立役者
科学 / Science
ダージリン・セカンドフラッシュの最大の特徴「マスカテルフレーバー」は、ヨコバイ(Empoasca属)とチャノコカクモンハマキ(Homona coffearia)による食害が引き金となる。
昆虫に噛まれた茶葉は、防御反応としてファイトアレキシン(植物性抗菌物質)を生成する。この過程で、マスカテルフレーバーの主要成分である3,7-ジメチル-1,5,7-オクタトリエン-3-オールと2,6-ジメチル-3,7-オクタジエン-2,6-ジオールが生成される。
さらに、リナロール・ベンジルアルコール・α-ファルネセン・ネロリドール・オシメンなどの芳香化合物が複雑に絡み合い、「ムスカット葡萄のような」独特の香りを形成する。
出典: Gohain et al. (2012) "Understanding Darjeeling tea flavour on a molecular basis" — PubMed PMID: 22328090
等級 / Grades
ダージリン紅茶のパッケージに書かれた「SFTGFOP1」などの記号は、茶葉の形状・品質・芽の含有量を示す等級コードだ。
Special Finest Tippy Golden Flowery Orange Pekoe 1
最高等級。金色の芽(チップ)が豊富。最高品質のセカンドフラッシュに使用。
Finest Tippy Golden Flowery Orange Pekoe
高品質のホールリーフ。芽が多く含まれる。
Tippy Golden Flowery Orange Pekoe
芽(チップ)が含まれるホールリーフ。
Golden Flowery Orange Pekoe
金色の芽が含まれるホールリーフ。
Flowery Orange Pekoe
花のような香りのホールリーフ。
Orange Pekoe
標準的なホールリーフ。
Broken Orange Pekoe
砕いた茶葉。水色が濃く出やすい。
S=Special, F=Finest/Flowery, T=Tippy(芽が多い), G=Golden(金色の芽), F=Flowery, O=Orange, P=Pekoe, 1=最高品質。 等級はあくまで茶葉の形状・外観を示すものであり、必ずしも風味の優劣を直接示すものではない。
GI認証 / Geographical Indication
ダージリンの年間生産量は約700〜900万kgだが、世界市場で「ダージリン」として流通する茶の量は生産量の数倍に上るとされる。これは、産地偽装や混合(ブレンド)による偽物問題が深刻であることを示している。
この問題に対処するため、2004年にダージリン紅茶はインド初のGI(地理的表示)保護を取得。WTOのTRIPS協定に基づく法的保護が確立された。2011年にはEUでもPGI(地理的表示保護)が認められた。
Tea Board of Indiaは1983年に「二葉一芽の女性像」ロゴを創設し、英国・米国・オーストラリア・台湾で認証商標として登録。EUでは集団商標として登録されている。
Tea Board of Indiaが「二葉一芽の女性像」ロゴを創設。英国・米国・オーストラリア・台湾で認証商標として登録。
Tea Board of Indiaが輸出業者向けの新たなライセンス要件を導入。産地証明書の発行とブレンド禁止規定を設ける。
WTOのTRIPS協定に基づき、ダージリン紅茶がインド初の地理的表示(GI)保護を取得。
欧州連合でPGI(Protected Geographical Indication)として認定。EU市場での法的保護が強化される。
淹れ方 / Brewing
150mlの水に対して2〜3g(大さじ1杯)のルーズリーフ。ファーストフラッシュは少し多め、セカンドフラッシュは標準量で。
ファーストフラッシュ:85〜90℃。セカンドフラッシュ・オータムナル:90〜95℃。沸騰させた後、少し冷ます。
ファーストフラッシュ:2〜3分。セカンドフラッシュ・オータムナル:3〜4分。長すぎると渋みが強くなる。
ダージリンの繊細な香りを楽しむため、まずはストレートで。ミルクや砂糖は香りを隠してしまう。オータムナルはミルクティーにも合う。

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